はじめまして。
要介護4のパーキンソン病の父と、要介護1の認知症の母の介護をするシングルマザー、黒澤うにです。
ブログ概略
フリーランスの映像作家として気ままに暮らしていた36歳だった2015年10月。ある日本当に突然、両親が同時に介護が必要な状態になりました。それが「介護」だと気がつかないまま、目の前のことに対応し、2人の生活を支えているうちに時が経っていきました。
私も40代になりましたが、まだその終わりは見えません。そればかりか、2人の心身は弱るばかり。介護の負担が増えると同時に、子どもが生まれ私の人生も山場を迎えました。
そもそも人生は、独り身の時でも生き抜くのに苦労するもの。
それを他の人間も支える「介護」をしながら、というのだからその苦労は一言では言い尽くせません。
どっちかに集中できればいいのですが、親は捨てられないし、仕事も子どもも捨てられないし…
だったら、たとえ中途半端であろうと
「介護」も「自分の人生」も
そのどっちに向き合うしかない、向き合ってみよう
それがこのブログです。

家族構成
私(黒澤うに)
1979年生まれ。東京生まれ、在住。
就職氷河期真っ只中、奨学金を得てアメリカへ留学。帰国後フリーランスの映像作家として働いていたが、2015年に始まった両親の介護のため、出張のない仕事として執筆、イラスト、翻訳の仕事を行う。
両親と同居し介護していたが、妊娠を機に隣駅に引越し。2019年に男児をシングルマザーとして出産。保育園の空きがなかなか出ず待っていた間に出産前の仕事を失い、一気に低所得に。趣味は読書、旅行。絵本、宇宙、新しい物が好き。
父(要介護4・特別養護老人ホーム住まい)
1940(昭和15)年生まれ。
脳性麻痺。難聴で両耳補聴器。2004、2006年に脳梗塞。
2015年初頭頃から排泄と歩行に違和感を感じ、改善のために同年10月、脊椎狭窄症の手術を受ける。手術後、右手の腕が麻痺。歩行が改善されることはなく悪化。2018年、パーキンソン病と診断される。歩行器を使って数分であれば歩ける。
もともと亭主関白だったが、手術後は母に身辺周りの世話をさせるが感謝もなく要求だけして、母の認知症に対しても理解がないため、仲違いが多かったが、2021年ピークに。
2021年5月末、不本意ながら特別養護老人ホームへ。
母(要介護1・実家)
1943(昭和18)年東京生まれ。
元美容師。高齢で父と見合い結婚、出産。非常に健康で多趣味だったが、認知症に。2015年10月に突然、認知機能の衰えが顕著になる。2017年4月、アルツハイマー型認知症の診断を受ける。
金銭面での被害妄想がひどく、うつ状態に。一旦食事も作れないほどになるが、2017年11月より、リコード法(ReCODE Protocol)をゆるく開始、一旦は食事を不自由なく作れるほどに回復するが、私(黒澤うに)の別居により継続が難しくなり食事はヘルパー任せに。
2021年5月末より、猫と独居(下記の「弟」もいるが、基本的にノータッチ)。
弟(会社員・実家に母と住む)
夜勤もある仕事に就いているらしいが詳細は不明。ほぼ家におらず、基本的に介護にはノータッチ。
猫(2代目)
2016年生まれ。シェルターからもらってきた。母が好き。
SNS・ブログ
「婚活しながら両親介護」
2017年から始めたリコード法の記録でしたが、心情を吐露する日記になってしまいました。でもこのブログのおかげでメディアからの取材(下記参照)のお話もいただくこともできました。
Twitter https://twitter.com/unikurosawa
Facebook https://www.facebook.com/groups/recodeprotocol/
Instagram https://www.instagram.com/unikurosawa/
メディア取材・執筆
2018年 女性自身インタビュー「アメリカ人医師が定説崩す…「認知症」を呼ぶNG生活習慣」
2020年 NHK BSスペシャル インタビュー「大切な記憶は何ですか?〜アルツハイマーと戦う〜」
2021年 老人ホーム検索ガイド「【体験談】介護と育児の「ダブルケア」!辛かったことや1日のスケジュールとは?」
2021年12月 ABEMA TV「親を見捨てるのは悪いこと?」出演
執筆・インタビューなど、ご相談ください。
